リカバリー記録

私 を 加 速 さ せ る キ セ キ

 


病気のことを話すのは露悪趣味だと不愉快に思われる方がいるかもしれません。
でも私はこのことをどうしようもなく重くて痛い現実であると同時に、私のちょっと変わった個性のひとつとして受け止めていきたい。

この方法が正しいか分りません。けれどこうすることが、今の私に出来る「治療」なのです。



00/1000/1100/12
01/01
01/0201/0301/0401/0501/0601/0701/0801/0901/1001/1101/12
02/0102/0202/0302/0402/0502/0602/0702/0802/0902/1002/1102/12
03/0103/0203/0303/0403/0503/0603/0703/0803/0903/1003/1103/12
04/0104/0204/0304/0404/0504/0604/0704/0804/0904/1004/1104/12
05/0105/0205/0305/0405/0505/0605/0705/0805/0905/1005/1105/12
06/0106/0206/0306/0406/0506/0606/0706/0806/0906/1006/1106/12
07/0107/0207/0307/0407/0507/0607/0707/0807/0907/1007/1107/12
08/0108/0208/0308/0408/0508/0608/0708/0808/0908/1008/1108/12
09/0109/0209/0309/0509/1009/11



脳腫瘍での入院、手術について記録と考察「闘病カンファレンス」

07/09/16 「闘病カンファレンス」をブログにしました。





2009/12/06 日々の美しいこと。

12月になりました。
冷えの季節到来だー!!と戦々恐々のはずが、そんなに寒く、ない…?今日は眩しいほどの晴天で、歩いたら汗をかくほどでした。でもまあ手足は冷えますけどね。
こういう変な気候も関係するのか12月に入ってから絶好調に頭が痛いです。ズキズキズキズキ。頭蓋骨の内側に時々爪を立てられているように鋭くズキッと食い込む痛みがあり、底に常に流れる鈍い疼痛があり、脈動する痛みがあり、波があり、頭痛の交響曲やあ〜!(彦麻呂)って感じです。楽しげ。
一時期1ヶ月分貰っても余らせていた鎮痛剤を順調に消費しています。ちなみにSG顆粒です。飲むと時々(割と高頻度)でくるくるした気持ち悪さがわいてきてオエッとなったりするけど、でも飲んでいます。

父のがんの方は、一時期先進医療である重粒子線治療を受けるという話が出ていました。結局のところ適用にはならなかったのですが、保険外適用の先進医療の医療費の高さにびっくりしてみたり(何と314万円)、でもそれでも「安い」と思わせるほどの素晴らしい効果(初期の肺がんなら一日で完治!)に「お父さんは助かった!」と涙を流して喜んだり。
でも診察までの待ち時間の長さに家族それぞれが焦り、苛立ち、不安を募らせ、重粒子線治療の効果の高さに期待が強くなるほど怖くなる日々がもしかしたら今のところ一番辛い時期だったかもしれません。

実際治療が受けられる重粒子線治療センターって日本にまだ2施設しかないんですね。重粒子線を発生させる設備に広大な土地、高価な機械が必要だからなかなか簡単に設置できないのと、転移がない局限性のがんにしか適用しないとか放射線治療を1回も受けたことがないとか適用になる条件がすごく厳しい。
ホームページの説明を見ると、苦痛も副作用もなく短期間の照射で完治率が高い、こんな素晴らしい治療、お金を積んででも受けたい(受けさせたい)と思うんだけど、それを受けられる人はごく限られている。
がんの種類、部位、進行、そして診察のタイミング。さらに経済的な問題をクリアできるかどうか。
こういう条件の選択肢って何なんだろう。果たして本当にその人の希望となる「選択肢」と言えるんだろうか。病気になったのと同じでその人の運とか運命なんでしょうかね。
まったく希望がないのも、選択肢がないのも絶望的で辛いけど、希望を持っても選択肢としては使えなかったというのも残酷で切ない。
医療は進歩しているけれど、まだまだ不十分だなあって思いました。
その人の運命なのかな、しょうがないのかな。治療があるようでない。何にもしてあげられない。
医療は、っていうか病気になるっていうことはこんなにも残酷で切ないんだな、と涙が出ました。
医療と病気には、希望も絶望も同じものとしてたくさんあるんだった。ままならなさが、仕方ないんだけど、だからこそ切ないと思いました。
神奈川県立がんセンターに5年後重粒子線治療施設が出来るそうですが、その設置についてすごく揉めた、というのが今ならよく分かる気がします。
多額の費用をかけて、重粒子線が適用されて救われる人はがん患者のなかでもごくごく限られた人だと思うから。同じ費用ならもっと多くの人が救われることに使うべきでは、と思うのが建設的な気もする。
でもその限られた人を救わなくてはならない。救って欲しい。そしてそういう少ない希望と多くの絶望のなかから新しい、本当に多くの人を救える医療が、希望が生まれてくると思う。
そうなって欲しいなと祈らずにはいられません。

話が逸れましたが、父は結局がんセンターで先月末から入院して抗がん剤治療を行っています。まだまだ1クール目ですが、出だしは好調のようなので安心…かな。いやでもまだまだこれからだし、本人は副作用に痛めつけられて「出だしは好調」なんて思ってないかもしれませんが。能天気でごめん!(笑)

家族であり、患者であり、MSWである立場を活かして、本人はもちろん家族を支えていきたいと思います。
病気についてもですが、純粋に単純に「家族って大切だな!」と感じます。それが自分を思った以上に強くしてくれるし、癒してくれています。ありがたいことだと思います。
希望と絶望と、淡々と冷静に、でも切なくなったり暖かくなったり、走ったり泣いたり笑ったりしながら、闘病の日々を過ごしています。
ていうか自分の頭痛もどうにかしたいところ…。



HOME

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送